スタジオサンアンドムーン四谷 Studio Sun and Moon

 
工藤丈輝(舞踏家)
2019/03/02(土) 
インタビュアー:MAHA(ベリーダンサー・studio sun and moon主宰)
インタビュー構成:赤川
 

■舞踏、出会い
 

工藤丈輝 舞踏 スタジオサンアンドムーン studio san and moon

MAHA:海外のほうが舞踏の需要は多いんですかね。
工藤:日本は劇場文化ないからね。
MAHA:普通の人が劇場行こうっていうのがね。
工藤:ヨーロッパなんか行くとね、町の魚屋や八百屋のおばちゃんが、「あらー、今夜舞踏ねー、観に行こうかしらねー、」て感じだもんね。日本じゃありえない。
MAHA:へー、いいですよね。日本は閉鎖的で、しかも自分の興味あるものしか観てないじゃないですか。だから今回舞踏ワークショップをいきなりやっていただいたんですが、(舞踏を)知らないで来た人がほぼほぼでしたね。観たこともないという(笑)結局、私やタカダアキコが絶対いいからとみんなに勧めて。来てみたら謎の受講生がいたという感じでしたかね(笑)
工藤:いや、向こうもなんだこのおっさんて感じじゃない(笑)
MAHA:そうそう、舞踏っていっても例えば駱駝艦の麿さんを知ってるとか、山海塾を観たことはあるとか、あとは田中泯さんは役者になったから知られてるとか、そういうことはあるかもしれないけど、とにかく観たことない人がいっぱいとうことで。で、ですね、そもそも工藤さんが舞踏に興味を持ったきっかけっていうのは何だったんでしょうか。
工藤:あ、俺?興味を持ったきっかけ、ってなんだろうな、うーん、前にも言ったかもしれないけど、僕は舞踏家になろうとしたわけじゃないんだよね。まあ、MAHAさんもそうかもしれないけど、身体表現を探している間に舞踏と知り合って、向こうのほうがやって来て僕を拉致して行った、気が付いたら舞踏家に仕立て上げてたっていう感じ?
MAHA:人生不足だった?
工藤:それもある。
MAHA:やっぱり舞踏ってたまたまきっかけがあって、それにかかわったら私の時代ではぐいぐい引っ張られて、新興宗教っぽいっていうか、迷っている若者をゲットする、みたいな。何をやったらいいか迷っている若者をゲットする、そしてワーッと夢を語る、7つの海を渡ろうとか言われて。まあ、女子は7つの海はほぼ渡れないんだけどね、男だけなんですよね、海外行くのは。
工藤:あ、そういうもんなんですか?
MAHA:そうそう、女の子は働き手だから下働きで終わってしまう。なかなか海外公演なんていかせてもらえない。
工藤:白虎社なんて男も女も丸太担いでいるイメージとかあるけど。
MAHA:まま、それもあるけどね。ただその陰でキャバレーしか行かない女子もいたという。ま、話は戻りますが、自己表現、でですね、舞踏の前にやっていたことっていうのは何かあったんですか。いろいろ探っているところで舞踏にあったていう・・?
工藤:うん、大学で最初は文章書いていて。で、あまりにも言葉を取り巻く状況がひどすぎるんで。教授、いわゆる先生職の人たちが僕の言ってること感知しないし、僕も彼らの言ってることがあまり面白くないし。同世代も今だに漱石とか語ってるし、こりゃダメだなと思って。
MAHA:自分から創作するって感じがないってこと?
工藤:うん・・そうでしょうね。コンテンポラリ-な表現ではないってことね。で、なんか文章のなかで肉体表現っていうのを発見して、それがアルトーだったり三島さんだったりするんだけど、その中で舞踏ってものと知り合って、何だろうって観に行って。で、やっぱり面白くなくて、だいだい寝ちゃうんだけど。
MAHA:面白くなかった?
工藤:うん、全然面白くなかった。駱駝も山海塾も白虎社も観たけどもう一つピンとこなくて。
MAHA:それなのになぜ舞踏を。
工藤:うちの師匠と出会ったのが大きいですね、やっぱり。
MAHA:玉野黄市さん?
工藤:うん、玉野さんが日本に帰って来て1989年「自然のこども」っていう作品観たときは、これは面白いなと。
MAHA:その時初めて面白いと?
工藤:うん、土方さんのとも違う、すごいカラフルな世界。うちの師匠の作品で。それでワークショップ出て、そしたら俺の公演アメリカでやるから手伝いに来いって言われて。これはすごくいい体験でしたね、あれ出てなかったら僕は舞踏やってなかった。
MAHA:いきなり公演に出ろと。
工藤:そうそう。玉野さんの舞踏の集大成みたいな作品で。そういえば、その稽古期間中にたまたまMAHAさんが玉野さん宅を訪れてましたよね。
MAHA:あ、そうだった。91年ですね、偶然に。私はサンフランシスコでベリーダンスを習おうとした初年のことですね。ラカーサ(ベリーダンスフェスティバル)に行った最初の年。アスベスト館の元藤さん経由で玉野さんに会って、住所を聞いたらカルフォルニアだと。で、ベリーダンスのワークショップがカルフォルニア、しかもサンフランシスコだったもので、もしかして近いんではないかと思って。まあ、地理もよくわからずに訪ねて行ったんですよね。その時お会いしたんですよね、偶然にも。
工藤:ですね。
MAHA:そのあと帰国してからは、元藤さんの作品に?
工藤:アメリカから帰った直後に元藤さんの自伝「土方巽とともに」を舞台化した作品があって。それはもう大野一雄先生は出るは、和栗さん、嵯峨さんも出る、広太さん(山崎広太)もいた。あと万有引力の高田恵篤さんも。演出が岸田理央。それがまた大きかったですね。それが僕を徹底的に舞踏の穴に突き落としてしまった(笑)っていう体験かな。まあ、ちょっと遅咲きですね、それが1991年くらい。
MAHA:それは何歳のとき?
工藤:23、4?遅く始めた部類ですね。
MAHA:私は19歳で白虎社の合宿行きました。
工藤:19、20歳が適齢でないかな、踊り始めるっていうのはね。うちの師匠もそれくらいだしね。まだ柔軟に受け止められる。まあ遅咲きのため人より苦労したけど。
MAHA:当時はカンパニーにいたっていうことではなかったわけですかね?個人について舞踏を習うっていう感じ?
工藤:いや、玉野さんはカンパニーでしたけどね。お弟子もそこそこいて、僕が行ったときは主要な弟子も二人いて。何人も弟子を輩出して中には独立した人もいたし。
MAHA:それはアメリカ人?
工藤:そうそう。
MAHA:じゃあ、海外でも舞踏家は増えてるんですね。
工藤:日本よりむしろ増えてる。海外では舞踏のワークショップの教室いっぱいあるけど、日本で定期ワークショップあるのは大野義人さんと夏さん、それくらいじゃないかな。海外では舞踏フェスティバルもいっぱいあるしね。

■舞踏、海外
 

MAHA スタジオサンアンドムーン studio san and moon

MAHA:で、私の友達でも舞踏っていうと海外に住んじゃう人がいるんですけど、工藤さんはあえて日本でやる、と思ってやっているんですか。
工藤:うん、僕はあえてですね。向こうに行くとやっぱり芸がダメになる。アートを受け入れる土壌?向こうはなんか大したつまんないことやっても「ブラボー!」って(笑)
MAHA:厳しいところでやっぱりやりたい?
工藤:そう、逆境でないとね。ベルリンとかパリとか行っちゃうともう駄目ね。芸がとたんにつまんなくなる。日本にいて赤ちょうちんで管巻きながらやったほうが芸の肥しになる、その方がいいなと。気持ち悪いよね、ベルリンとかアーティストばっかりいて。これもアーティスト、あれもアーティスト、そんなのはあり得ない。
MAHA:でも(日本で)芸術だけで食べてる人ってそうそういないよね。
工藤:うん、それでいいんじゃない。逆に変に食えてたら気持ち悪いよね。世の中に魚売ってるわけでもないし野菜売ってるわけでもない。むしろあまりいいこと考えてやってないでしょ。
MAHA:ベリーダンスだとどちらかというと一般の人が踊って楽しむという大衆的な教室なんですよね、だから生徒さんもくるし、キラキラしたものを着て一般の主婦も踊ることができて、そういう意味では人のためになってるかなと。ただ、舞踏はストイックさを失ってはならないという?
工藤:ストイックって言葉嫌いだけどね。いいんじゃないんですかストイックじゃなくても。もうちょっと芳醇に生きて、あんまりいいこと考えないで、ちゃんと悪だくみしていけば、いいことができるんじゃないですか。だからうちの教室なんて誰も来ませんよ(笑)リピート率ゼロ(笑)

■舞踏、即興
 

MAHA 工藤丈輝 舞踏 スタジオサンアンドムーン studio san and moon

MAHA:でも今回のWSの内容は私自身すごくよかった。
工藤:まあ、基礎の基礎ですけどね。踊り手としてやるべきことを普通にやってるだけで。
MAHA:そういう意味では他の踊りの表現にも通じる基礎、と感じたんですが、一番の特徴は「呼吸」で動くっていう。
工藤:うん、それは大事にしていますね。
MAHA:結局踊りっていうと、録音された音楽があって、その中で踊ることが今は多い。本来、昔は生演奏だったんだけど、今は録音された音の中で音にはめていくっていう、音に逆に支配されてしまっている、だから自分の呼吸っていうのはその音の中でやらなければいけない。
工藤:うん、だから僕もなるべく生のミュージシャンとやる。
MAHA:はじめ(WSが)無音で3時間ていうのはどうなんだろう、長く感じるかなと思ってたんだけど、全然そんなことはなかった。
工藤:音かけたくないのよ。よくね、(他の)WSで音使うの、あれちょっと反則。いい曲かけてなんか気持ちよくさせるっていうのって、嫌い。
MAHA:あえて神秘的な言葉も言わないようにしてる?
工藤:まあ、そうですね。嫌ですね。
MAHA:たしかに音楽をかけて受講生の気持ちを盛り上げるとか、入りやすい言葉をバンバン言うとか、それをあえてやらないように気を付けてるっていう気がしました。
工藤:参加者の自発性を失わせるからね、そういうの。
MAHA:自分の感覚でっていうよりは、流れに乗ってやった気になってしまいますね。
工藤:踊りのベースの沈黙とか暗闇とかそういうのがないと始まらない。だから過剰な言葉も使わない。身体をもってヒントを与えて動かすっていうのがいいんじゃないかな、と。
MAHA:それは工藤スタイルですよね。
工藤:うん、そうですね。
MAHA:いろいろ経験したなかで工藤さんなりのスタイルを作ってるんだなっていう気がしました。
工藤:いや、「気」じゃなくて本気でそう(笑)
MAHA:よく舞踏っ大元にに土方さんがいて、土方さんの受け売りみたいなことをやっている人がいっぱいいて。私も白虎社でなぜこういうことをやるのかなって思ってよくわかんないで見たりしてたけど、その元が土方さんで、まあみんな真似しているだけだって思って。土方さんに直接会ったことはないんだけど、あとで本とか読むと感覚に素直な文章を書いているし、ある意味で分かりやすい。自分の生きてきた経験のなかからでる言葉という気がする。
工藤:もちろんそういう方法を編み出しただろうけどね。ただ分かりよくはないね。あれは感覚を共有すれば分かりやすい文章なんだな。うちの師匠のことを書いたエッセイがあって、それは美しい文章だった。すごく感覚的な文章なんだけど、うちの師匠のことを書いているからわかるんだよね、そういう読み解きかたをしていくとね、嘘のない文章だという気はしますね。
MAHA:これが正しい、正しくないというのは人に言われて決めることじゃなくて、もちろん人に言われることも参考にはなるけど結局自分の感覚で決めることだから。いい悪いは自分のセンスで。この前WS受けていて工藤さんが受講生のなかでちょっとこれは変っていうことを言っていて、私も同じように思っていたから。その人のためではなく自分の理想とした舞台にむけてこれが美しいと思う、これが正しいという感覚は感じられてよかったです。
工藤:うん。
MAHA:舞踏家は炎、生きながら地獄と密通しているって言葉が工藤さんのHPにありましたね。
工藤:まあ。なんとなくわかるでしょ、舞踏だけじゃなくてアートワークとして。舞踏なんか特に行動原理として不安材料を作っていかないとって、自分に言い聞かせて生きてますけどね。失敗の多い人生ですけど(笑)
MAHA:私が高円寺で見た公演(恐怖の恋/2017年10月11日~15日/座・高円寺)で使われていた木の人形、あれは作成者との共作なんですか。
工藤:あれは僕が発想して、ずっと付き合っている黒川くんていう美術家にこんな感じのやりたいんだけどどう思うって言って、あとは彼にあずける。いいものを作ってくれる。10~15年一緒にやってるうちにだんだん熟してくる。最近は僕の理想を超えたセットになっている。
MAHA:言われたことを膨らませる能力があると。
工藤:そうそう。僕もあんまり多くを言わないんですよね、こんな感じって。むこうもあまり多く聞かないし。ほんと、ライブですね。あらかじめ設計図を作るとかってしない。まず仕込みの日にたくさんの資材を高円寺の劇場に入れる、それから現場で作り始める。
MAHA:それは大変ですよね。
工藤:大変、大変、そこがライブ。迷っている暇はない。
MAHA:真剣勝負。
工藤:そうです。そこはね。もちろん大失敗もありうる。でもまあ、この前の木偶人形はうまくいったパターンじゃないかな。黒川くん、よくやったな。人形の動かし方も絶妙なんだよね。だからソロって言ってるけどそこはコラボレーションだね。音楽家も照明も。
赤川:先日の成城学園​アトリエ第Q藝術(共犯的戯レゴト/2019年2月14日)でのライブも即興だったんですか。ミュージシャンへのリクエストとかも何もなし?
工藤:ないない。100%即興。
赤川:照明とか、尺の打ち合わせも全くなしで?
工藤:全くなし。あのシリーズは意地でも打ち合わせしない。
赤川:リハもなし?
工藤:なしです。100%即興。
MAHA:即興には見えなかったって言ってたよね。
工藤:それは長年やってた呼吸ですよね。27年ぐらい一緒にやってる。まあ、ソロと言ってますけどソロじゃないですよね。
赤川:終わるタイミングも決まってない?
工藤:決まってない。あ、終わっちゃったみたいな。終わったと見せかけてまたやるとか、そのへんせめぎあいですよね。まあ、終わりってむずかしいよね、作品の終わらせ方って。できあがってからも迷ったり、毎日変えてみたり。始まり方は何とかなるんだけど、終わらせ方って、いつも悩みますよね。あんまり考えなくてもできるのかもしれないけど、やっぱり真剣に思って終わらせないとね。
MAHA:細かく動きを作りこむわけではない?それとも細かく作りこむ時もあれば、即興の時もある?
工藤:もちろん、もちろん。分けてやってる。振り付けばっかりだとこっちも窒息してきますからね。即興をやって振り付けのための素材を見つけておかないと、と思ってあえて即興をやるようにしている。
MAHA:私も即興が好きなんだけど、振りを覚えられないっていうのもあるけど(笑)あとで映像を見ると即興のほうが自分の踊りがいいんですよね、ただ、今はどうかわからない。だんだん歳をとっていくと即興でうまくいく自信がなくなって振り付けしたりもしてますけど(笑)自身がないというか即興ででるのが怖くなっちゃって。でも生演奏なら全然平気ですけど。
工藤:うーん、怖いって言っちゃあおしまい、怖いことやってんだから。いいんじゃないんですか。
MAHA:まあ、舞台そででこわいーって言っていても、出ちゃったら平気、みたいな感じかな。
工藤:まあ、そういんもんでしょ。逆にその怖さを失うとまずいな。すごいキャリアのあるダンサーでも本番前にすごい緊張してたりして、それを見るとこいつは大丈夫だなと思う。やはり新しいことをやるって怖いことだから。
MAHA:だから常に新しいことをやるという気持ちでいるということ。
工藤:気持ちはね(笑)なかなかできないですけどね。